細田守インタビュー

細田 守監督インタビュー

自分が体験してみたい憧れを映画にしました。

Q 『おおかみこどもの雨と雪』の着想のきっかけは?

自分の身近で子供が出来た夫婦が増えてきたときに、親になった彼ら、特に母親がやたらカッコよく、輝いて見えて、子育ての話を映画に出来ないかなと思ったんです。自分が体験してみたい憧れを映画にしたという感じです。

Q 親になった方々が輝いて見えた理由は?

子供を産むことによって、人として大きく変わる感じがしますよね。何か責任を背負っている人の魅力みたいなことかもしれない。特に母親になった知り合いが輝いて見えたのは、それまで「母」というと、ちょっと縁遠い印象があったのが、自分の知り合いということもあって、自分たちの目線の中で、子供を育てるという責任を背負う姿が素敵に見えたんだと思います。だからこの映画は、母親の役割を通した女性の話として作りたかった。

Q 映画はお母さんの話でありつつ、2人の子供の話にもなっていました。

中心はお母さんになっていく女性の話だと思うのですが、娘、息子はそれぞれ独立した人物として尊重して描きたいと思っていたので、3人が主人公ともいえると思います。2人の子供がそれぞれの人生を歩んでいく過程も大きな要素ですし、子供たちのそうした姿を見ることも、母である女性の人生のひとつのポイントとして、映画を作っているところもありました。

Q 主人公の花役を宮﨑あおいさんにお願いした理由は?

花はやってることはとてもシンプルなんですけど、すごく難しい役だと思っていました。最初は誰にお願いをしていいのかわからなくてオーディションをしたんですけど、決めることができなかった。その時に、ぼんやりと、子供を産んで育てる話なんだけど、きっとそういったことを経験していない人が花なんだろう。映画の中で、僕らと一緒に出産、子育てを経験してくれる人がいいって思ったんです。そんなことを考えているときにあおいさんの顔が浮かんだ。あおいさんとはアフレコの前に「役割でお母さんを演じるのはやめよう」と話し合いました。なぜならば、この物語を通して、花という人の、19歳から32歳までの内面的成長のプロセスを描いているからです。そこには、子育てをすることでお母さんになっていく花が最終的にどこに到達するのか、またお母さんというものの正体を見極めたいという思いがありました。実際、彼女は素晴らしかったですね。ほとんど花そのものだと思いました。ある種の明るさと同時に、生きていく上での緊張感を持っていて、それが花が抱えているものとすごく近い気がしたんです。花の、どんなことがあっても最終的には受け入れて乗り越えて前に進める強さ、器の大きさみたいなものがあおいさんにもあるように思いました。と同時に、すごく少女っぽい側面もあって、更にうっすら人見知りでもある。そこがね、人として、魅力的だし、キュートなんですよね。花も、元気満点で友達がたくさんいるというタイプではなく、底抜けに明るく幸せで、恵まれた環境で育ったわけでもない。だからささやかなものがいかに幸せかを知っている。そのささやかなものを大事にしている感じがあおいさんの発する声にもあって、キャラクターとあおいさんが響き合っている感じがしました。

Q "おおかみおとこ" 役の大沢たかおさんはいかがでしたか?

大沢さんも凄かったですね。彼の声に泣けました。"おおかみおとこ"の役割というのは、花のモチベーション。彼がいないときでも、彼の声を思い出すと頑張れるという説得力がなくてはならなかった。大沢さんの声はまさにそのものでしたね。"おおかみおとこ"は社会に背を向けて隠れるようにして生きている。だからカッコつけていたら彼じゃない。でもカッコつけてないところがカッコよくないといけない。非常に難しいんです。大沢さんにお願いできて本当に良かった。想像以上に花の、そしてあおいさんのモチベーションになったと思います。また大沢さんが素敵だったのは、自分のアフレコがない日も、朝から現場に来てくれて、出番待ちをしている子供たちと遊んでくれたりしていたんですよね。その感じがその場にはいないけどずっと花たちを見守っている"おおかみおとこ"らしくて、この役に真摯に取り組んでくださっているんだと嬉しかったです。花も"おおかみおとこ"も、あおいさんと大沢さんによって、言葉に嘘がないキャラクターになったと思っています。

Q 韮崎役の菅原文太さんはいかがでしたか?

文太さんは、ご自身も東京を離れて田舎で農業をされていることもあって、ある種の厳しさみたいなものが、韮崎役にぴったりだと思ってお願いをしたんですけど、まさに韮崎そのものというか、ドキュメンタリーのようでした。文太さんが発する言葉ひとつひとつにお芝居で作ったんじゃない説得力がありましたね。アフレコ時には、自分が花になった気持ちで文太さんに接しました。映画のことや農業のこと、最近の日本の現状などを長い時間話し合ったのですが、その会話そのものが、花と韮崎の会話だなあと思って。そこから僕は改めて花の気持ちが良く分かったし、韮崎が愛おしいと感じていることを身をもって体験させて頂きました。韮崎の、厳しさの中に温かさを感じられるのは文太さんの人柄からきているものだと思います。

Q 監督が今作で初めて試みたことは?

「時間経過」です。『時をかける少女』は同じ1週間を行ったり来たりする話ですし、『サマーウォーズ』は3 ~ 4日間の話。今回、13年間という長い時間を2時間の映画の中で描ききるというのは、自分にとって大きな試みでした。子供が成長していくプロセスに沿って長い時の流れを描いていくというのは、実写映画ではなかなか実現しづらい企画だと思います。アニメーションだからこそ、生まれたときからの13年間を描けると思うのです。アフレコを順録りにすることにこだわったのは、13年間のプロセスを、あおいさんが花の気持ちに寄り添ってもらえるようにしたかったから。そのこだわりが、画面に出ているのではないかと思っています。先日初めてラッシュを見た後で、冒頭のシーンに戻って画を見たら、「花、若い!」と思ってびっくりしたんです。「花はこんな少女からあのような立派な大人の姿になったんだ」って。監督自身が大人の花の画を見てそう思えたのだから、映画を観て頂く方にも、「時間経過」というどこか不思議な感覚を味わってもらえるのではないか。ひょっとしたら、映画館から出た時に、まるで13年間の時間が経ったような気分を感じて頂けるのではないかと思っています。